カザンに於いてソ連を回顧する
ロシアの地方都市には、必ずといってよいほどにその地方なりの郷土誌博物館が設置されています。
更に、その都市ならではの博物館を目にする楽しさがあります。
2019年技能五輪国際大会開催に伴いその年三度に亘ってヴォルガの畔りのカザンを訪れた際に、ユネスコの世界文化遺産である「カザン・クレムリン」のみならず、「タタール文化と工芸」博物館や、「幻想博物館」「ゴーリキーとシャリアピン記念博物館」「トルストイ博物館」郊外の「全ての宗教の博物館」、世界遺産の島「スヴィヤシスク」等の他にレーニンが学んだ町である故か「ソヴィエトの生活博物館」「幸福な子供時代の博物館」といった二つのユニークな展示館を見付けました。
共に20世紀のソヴィエト社会主義国であった時代を示す姉妹博物館ということで、初老の婦人が(今年70歳を迎える私と同じくらいですが)こちらの年齢を聞き、「若く見えるけれど年金生活者料金の入場料で」と割引してくれ、二つ目の博物館では、「両方の入場者への特別料金」と更に割引をしてくれたのでした。
次から次への訪れるロシアの若者や中国や韓国からの観光客はどのような印象を持たれたことか興味のあるところでしたが、来訪者の切符を用意し不器用にお釣り銭を遣り繰りしながらその受付の婦人が合間をみては見学中の私のところへやって来て、年齢から来る親近感からか「ピオネールの子供たちの制服ですよ」とか「1980年モスクワ・オリンピックのマスコット小熊のミーシャ」とか「1969年から83年にかけての人形アニメのチェブラーシカ」などと声を掛けてきました。
懐かしの玩具、勉強机、文房具、ポスター、電気製品、ミネラル・ウォーター販売機、レトロなゲーム機械、ソヴィエトという壮大な実験の中に健気に生きてきたロシアの人々にとっての辛くも甘酸っぱい記憶がしみこんだ時代に40回程訪ソの機会を持った私にとっても当時土産として購入し今やガラクタとなってしまった人形や絵本や文具、壁飾りといった類いも展示品として所狭しと並んでいます。ソ連崩壊前夜のペレストロイカの時代に至るまで、私にとってはそう簡単にあの体制が変わるものだろうかと思っていた、街角には「栄光なれ共産主義よ」といったスローガン、商店の看板は「修理」、「肉」、「本」、「薬」、「簡易食堂」など実にシンプルであって現在のロシアの街を見て回る限り想像が全くつかないくらい華やかな広告など無くイルミネーションも無く小気味よいくらいのまるで断捨離の町といった光景が頭の中に再現されるのでした。歩道の片隅には重量計を置きお金を取って通りすがりの人の体重を測定する商売があった不思議な国、或いはヴァダーと表記された自動販売機で1カペイカ投入し受口に置かれた厚手のガラスコップを下に向け噴水のように出る洗浄水で濯いだのち炭酸ガス、或いは3カペイカでシロップ水をコップに注いで夏の暑い日に飲む楽しみが蘇り、当時の「所謂サービスとは無縁な世界での闘って闘って旅する足掻いた日々」さえ噛締める如く思い出されたのでした。